2010年12月号
今月も前回に引き続き「抗加齢医学の実際」のセミナーの中から、皆様の健康やアンチエイジングに役立ち、私の興味を引いた内容をトピック的にご報告いたします。
以上です。興味を持たれたものが、いくつかあったでしょうか。
今月号が今年最後のコラムとなりました。来年もできるだけ有意義な情報をご提供するつもりですので、ご閲覧下さい。
<院長>
2010年11月号
毎年敬老の日の連休に、私の属している日本抗加齢医学会主催で「抗加齢医学の実際」というセミナーが行われ、今回も参加してきました。この学会は歯科に直接関係のある内容は多くないのですが、自分自身の健康や長寿のために入会しています。今回のセミナーではシンポジウム以外にプロスキーヤの三浦雄一郎氏の「人生の最高峰を目指す健康法」と題した特別講演があり、興味深い内容だったのでお伝えします。
三浦氏は、32歳のときイタリア・キロメーターランセで当時の世界記録を樹立され、その後も富士山頂からのスキー滑降、世界7大陸最高峰からの滑降など輝かしい記録をもっておられます。しかし、60歳を過ぎる頃から、ビールと焼肉の飲み放題食べ放題の生活でどんどんメタボが進み、あれほどのスポーツマンだった氏が65歳時には身長165cm、体重86kgとなってしまわれました。膝痛、腰痛もあったとおっしゃっていました。
そこからが氏の凄いところで、これではいかんと2年後に富士登山、5年後にはエベレスト登頂という大きな目標を掲げトレーニングを始められました。それはスポーツクラブなどへ行くのではなく、普段外出で自宅周辺を歩くときに、足に1kgのウェイトを装着、背中には5kgの荷物を背負うというものでした。負荷を徐々に上げ3年後には足には3kg、背には20kgにまでなっていたそうです。そして、ヒラリーの初登頂50周年の記念の年であった2003年には、エベレスト登頂に成功されました。70歳7カ月は当時のエベレスト世界最高齢登頂記録となっています。
そして、5年後には2度目のエベレスト登頂に成功されていますが、その間に不整脈のため2度の心臓手術を受けられています。登頂の際、心電図を衛星携帯電話で、東京におられる順天堂大学医学部教授の白澤卓二先生(当学会の理事をされておられます)に飛ばして、山頂アタックのゴーサインをもらったということです。さらに、山頂に立った際すでに、「今から5年後の80歳にもう一度中国側からここへ来よう」と決意されたということでした。
氏は健康のため毎日、黄な粉、蜂蜜、ゴマ、黒砂糖、ヨーグルト入りの特製ドリンクを飲まれているそうですが、ほんとうは、「夢と冒険心」がアンチエイジングの秘訣だと言っておられました。私もあと10年余りで70歳になります。その頃にはもう仕事は止めているかもしれませんが、仕事以外にも何か生きがいとなる夢を追い続けて生きて行こうと思っています。
<院長>
2010年10月号
ダイレーザーによる瘢痕の治療を数回受けると、全体の赤みは薄くなってきましたが、鼻尖の青黒いタトゥーのようなあざにはほとんど変化がみられません。主治医も同じように感じておられ、電気メスでもっと深い部分をえぐって調べてみようということになりました。自分ではアスファルトの路面に鼻から突っ込んだので、黒いアスファルトの粒子が組織の中に残ってしまったのではないかと考えていました。
ちなみに電気メスとは、正しくは高周波電気メスといい高周波電流(200k~4MHz)によって、組織中の水分が瞬間的、爆発的に水蒸気化することを利用して組織を切開するME機器のことです。普通のメスより優れている点は切開と同時に細い血管が凝固し、止血効果が得られることです。メスの先端は刃ではなく、細い針金になっており、レーザーより繊細な切開が可能です。ただ自分の臨床経験から、レーザーの方が創部の治りはきれいなように思います。
処置は局所麻酔下で行われ、ほんの2,3分で終わりましたが、何と摘出されたのは青いナイロンの縫合糸でした。受傷直後に縫合を受け1週間で全部抜糸されたはずだったのですが、取り忘れられたようです。1年近くも組織の中に埋もれていたのでミスといえばミスですが、あれだけ挫滅したぐちゃぐちゃの組織の中の縫合糸ですから、1本位の取り残しはしようがないでしょう。全く文句を言うつもりはありませんでした。もし自分が術者であっても同じことが起こっていたかもしれないと容易に考えられたからです。
ところで最近色々な業界でクレーマー、はたまたモンスターと呼ばれる人々がいます。特に医療の現場では昔と違って患者も自らの意見を言えるようになってきています。しかし医者も人の子である以上、全能ではないので大なり小なり必ずミスはあります。こうした患者から訴えられるのがいやで委縮診療になるのは、双方にとって不幸なことです。もし、日本もアメリカのように訴訟社会になってきて、はっきりしたミスが判りやすい外科系分野が若手医師に敬遠されるようになると、その分野の医学が進歩せず、結局患者が困ることになります。
医学のどの分野においても、医師は、一つの疾患についてあらゆる予測が立てられること、そして特に患者さんの不利益になりそうなことを事前にはっきり説明できることがトラブルを避ける最良の方法であると思います。そのためには豊富な経験と弛まぬ研鑽が必要不可欠であろうと私は常々考えています。
<院長>
2010年9月号
前号でお伝えしましたように、ダイレーザーを鼻の瘢痕に照射したあと数日は浸出液がでるため、テープを貼ってもらっていました。その後も日光に当てるとより瘢痕となって残りやすいので、毎朝肌色のテープを自分で貼るのが日課になっていました。診療中はマスクをしているので、人に見られて恥ずかしいことがないので気にもしていませんでしたが、久しぶりに高校の同窓会に出席することになり、鼻の上のテープは何と尋ねられ、いちいち事故から治療に至るまでを説明するのも面倒で、何かいい手はないかと悩んでいたところ、家内がいいものがあると、化粧品のコンシーラーとファンデーションを貸してくれました。
自分自身お化粧をするのは初めての体験で、どのように化けられるのか少々興味がありました。瘢痕の周囲の皮膚ときれいにグラデーションがかかって傷が判らなくなっていくのがおもしろく、鏡を見て悦に入っていました。しかしわずかな面積でも塗っているという意識があると、気になって触れてしまうことが多く、指に化粧品の色が付くと、化粧が剥がれたのかと気になりトイレの鏡で確認しに行っていました。鼻の先のほんの少しの面積でも、このように面倒で、気になってしまう存在なのに、世の女性は毎朝、顔中の広い面積にペイントし一日管理するのは、さぞ大変なことだろうと感心してしまいます。
ところで最近男性用化粧品の売り上げが伸びていると聞きます。現在「草食系男子」「癒し系男子」とよばれるように女性の男性に対する好みが変わり、女性的で気遣いのできる優しい男性が好まれる傾向にあります。そのため外観も清潔感のある男性がもてるため美容にも力が入るようになってきたことが原因のようです。外観上の変身だけでなく、さらに眉を整え、肌を手入れすることによって、自分の顔に自信が持て普段と違った面を出せ内面的にも自分を変えられる利点があるとも考えられています。それが高じると就活前のプチ整形に繋がるのでしょうか。
結局わたくしの場合の化粧は、もてたいとか自己改造の変身願望の動機があったわけではないので、化粧の面倒くささからほんの数回でやめてしまいました。
<院長>
2010年8月号
しばらく途切れていました院長の事故体験記を、今月から復活させます。
事故から半年が過ぎたころ、鼻の傷は鼻尖から放射状に赤い瘢痕となって残ってしまった。形成外科の主治医によると6カ月過ぎても残っている傷跡は一生残るので何らかの処置が必要である。それは植皮手術か、効果のほどはわからないがレーザーであるとのことであった。前者は耳の後ろの皮膚を採取し、移植するものであり、当然1~2週間の入院が必要となるが、この年でまあそこまで望むことはないかと後者を選んだ。しかし先生が仰るには、レーザーの種類はダイレーザーで回数を重ねて照射しなければならないが、死ぬほど痛いので、皆さんある程度のところで妥協されますとのことだった。死ぬほどなのでdieかと一瞬思ったがそうではなく、dye(色素)レーザーのことだった。
ところで最近、形成、皮膚科領域であざの治療にレーザーが優れた効果を上げているそうである。レーザーはそれを発生するためのエネルギーの供給源と媒質により、発生する光の波長が異なる。(http://www.woundhealing-center.jp/ に詳しい)そして治療では、皮膚の大部分をつくっているコラーゲン、赤血球中のヘモグロビン、メラニン色素などによりレーザーの吸収率に差があることが利用されている。吸収率はレーザーの波長によって異なるので、治療の対象となるあざに最もよく吸収されるレーザーの種類が選択されるわけである。レーザー光があざの色素に吸収されるとエネルギーが熱に変わり、その熱により組織が破壊されあざが消えていく。今回のダイレーザーはヘモグロビンにはよく吸収されるが、周囲の皮膚組織のコラーゲンには吸収されにくいので,血管が集まってできた赤あざの治療に使われる。
1回目のレーザー治療の日。胸の高さくらいの大きな機械が唸りを上げてスタンバイしている横のベッドに、恐る恐る仰向けになって先生を待った。治療は一瞬で終わった。パン・パン・パンと音がすると同時に、細かい針が何本も一度に突き刺さるような痛みがした。終わってからもしばらく痛みは続いたが我慢できる範囲であった。処置された部分にはテープを貼られたが、1・2週間は浸出液が滲んでいた。術後はあざの部分が焼けてとんでしまったようで少しくぼんでいたが、徐々に下からきれいな皮膚が再生してきた。
<院長>
2010年7月号
5月30日(日)東京医科歯科大学で「ブラキシズム(歯ぎしり)最前線」というセミナーを受講してきました。講師は基礎編が大学口腔生理学教室の後輩加藤隆史先生で、臨床編は昭和大学の馬場一美先生でした。歯ぎしりに関してはまだわかっていないことが多く、たくさんの歯科医が関心をもっているテーマです。そのためか、大きい会場に急遽変更され400名以上もの歯科医が集まりました。
私が開業した20年前には歯ぎしりの患者さんにはそれほど気づかなかったのですが、最近はその傾向のある患者さんにしばしばお目にかかります。しかしご本人にはその自覚がないケースが多いです。また歯ぎしりが原因と思われる知覚過敏も毎日のように治療しています。これは、今日が以前よりもっと強いストレス社会になってきたからでしょうか。
私が一番知りたい「ヒトはなぜ歯ぎしりをするのか?」はまだ不明だそうです。これは永遠のなぞかもしれません。動物の口の機能は、まず攻撃、捕獲そして咀嚼の道具となるわけですが、ヒトは、前二者の必要がなくなったので、それら機能の名残りとして、歯ぎしりをするのではないかという意見もあります。また、ストレスを発散するために歯ぎしりをしているというのも、推測であってなかなか確かめようがありません。
以下に本セミナーで聞いたトピック的な内容を挙げます。
最後に「現在のところ、歯ぎしりを安全かつ効果的になくする方法はない」との話でしたが、歯ぎしりの有無を知り、マウスピースの装着によってその強度を軽減することができ、歯、歯周組織、顎関節の健康を守ることが可能となります。
<院長>
2010年6月号
就職氷河期と呼ばれる今日、就活真っ只中の皆さんは、本当に大変な毎日を送っておられることと思います。まさに私の娘もその一人です。何次まで続くかわからない面接やグループディスカッションに緊張の連続でしょう。
採用に当たり、ほとんどの企業は、コミュニケーション能力や、ビジネスマナー、協調性などの「人間性」を最も重要視していると新聞各社は伝えています。明日から一緒に仕事をすると仮定した場合、気持ちよく一緒に仕事ができる人というのが、面接でチェックされるポイントとなっているようです。
まさに世の中は、見た目が100%の時代となりました。「それだけはないでしょ。」と反論したいのですが、悲しいかな、政治家でさえ、イメージが先行してしまいます。今後の人生を左右するといっても過言でない大切な就活の面接においても、第一印象が決め手となるのは間違いないようです。
審美歯科の最先端をいくアメリカでは、就職や転職などの面接の際、口元の美しさが重要視されるといわれています。虫歯のない歯はもちろんのこと、歯のホワイトニングも今や当たり前で、容姿をより美しく若々しく見せる白い歯を保つことは、エチケットとして定着しています。さらに、白い歯を手に入れることは、メンタル面での効果も大きく、「笑顔に自信が持てるようになって就職が決まった」「周囲に好印象を与え仕事がうまくいった」という人もいて、その効果はあなどれません。
歯を着色させる原因には、たばこのヤニや、赤ワイン、ウーロン茶、コーヒー、紅茶、コーラ、カレーなどの食品があり、ホワイトニングによって、これらによる着色は短期間で落とすことができます。またレーザーにより歯茎の黒ずみも簡単に消すことが可能です。
さらに、自分では気づきにくく、相手に悪い印象を与えるもののひとつに口臭があります。口臭は、至近距離で接する面接では、特に悪影響を与えかねません。
人は、見える部分に関しては、きれいかそうでないかに敏感になりますが、それと同様に見えないエステとしての口臭治療にも関心をもつ必要があると思います。仮に、口臭検査でプラスでも、なんら、恥ずかしいことはありません。原因を確定し、正しいケアをすればすぐに解決できますので心配は要りません。知らないまま過ごすことのほうが、これからの人生にとって大きなマイナスとなることでしょう。
就職活動では、できる限り不安材料を取り除き、自信をもって面接に臨むことで、多くのライバルに差をつけることも可能になると思います。実際、私の娘も、ホワイトニングをし、短期間で見違えるほど健康的な白い歯になりました。おかげさまで、某企業の最終面接に進んでいます。
虫歯治療はもちろん、ホワイトニング、口臭検査に興味を持たれた方はお気軽に当院にお尋ねください。就活をきっかけにお口のケアを始めましょう。
<スタッフ T.M>
2010年5月号
院長の事故体験記も1年以上続くと、読者の方々は少し飽きてきたのではないでしょうか? 今回は趣を変えて先日のインプラントのセミナーでのお話をお伝えします。
「7年と30%」 何の数字だと思いますか? これはブリッジの平均生存期間と10年生存率です。平均生存期間は修復物が装着された日から再治療や抜歯が必要とされた日までの平均値でKaplan-Meier法で算出され、10年生存率とは装着して10年後に何%が口の中に残っていたかという数字です。この数字を見て高いと思いますか?低いと思いますか?治療する側である私としては少し低いのにショックを受けました。表1,2からブリッジの成績が特に悪いのがわかります。
修復物名 | 再治療率(%) | 平均生存期間 |
---|---|---|
メタルインレー | 28.16 | 10年5か月 |
コンポジットレジン | 35.51 | 9年8か月 |
4/5冠 | 34.48 | 9年1か月 |
メタルクラウン | 37.29 | 8年1か月 |
メタルブリッジ | 60.00 | 7年0か月 |
計 | 39.29 | 9年1か月 |
口腔衛生会誌 J Dent Hlth 58:16-24,2008 「臼歯部修復物の生存期間に関連する要因」より抜粋
修復物名 | 再治療率(%) | ||
---|---|---|---|
3年 | 5年 | 10年 | |
メタルインレー | 91.6 | 88.0 | 67.5 |
コンポジットレジン | 87.0 | 73.5 | 60.4 |
4/5冠 | 91.2 | 78.4 | 60.5 |
メタルクラウン | 87.0 | 74.8 | 55.8 |
メタルブリッジ | 78.8 | 55.6 | 31.9 |
計 | 86.3 | 72.9 | 55.0 |
臨床の場で補綴物を装着する時、患者さんからよく「先生、これはどれくらいもちますか?」と尋ねられます。「何年かはわかりません。あなたのお手入れ次第です。」とお答えして長持ちするよう努力していますが、実際のところはほんとうにわかりません。再治療の原因は2次的な虫歯、セメントの崩壊による脱落、歯周病の悪化による抜歯、根尖の病巣の再発による根管治療のやり直しなどさまざまです。正直言って1年2年ということはありませんが、10年20年はどうかと言われると自信はありません。装着したものが一生もつのは理想で、一生もたせたいと思ってはいますが、一生もつとは断言できないのが現状です。臨終のときにその人の口の中に入っていたものだけが、結果的に一生もったといえます。
ところで身近にある人工物で一生使えると言いきれるものはあるでしょうか?多分答えはNoだと思います。普段の生活で耐久財(住宅設備や電化製品など)を購入する時、いちいち何年もつか?と思って購入している方はほとんどいないでしょう。それなら、歯科治療だけが何年もつかと問われるのはちょっと理不尽ではないかと常々思っています。歯科の修復物はすべて手作りで、機械的に工場で品質管理されて作られているわけではありません。また口腔内はいつも水に浸っており,酸性溶液、咬合力、温度変化果ては強い歯ぎしりの力にも侵されています。このように、口腔内は大変過酷な環境なのです。歯科医学が進歩してもまだ詰めたり、かぶせたりした歯は、処置していない健康な歯より弱いです。虫歯になってしまった歯を削るのは仕様がないとしても、なくなった歯をブリッジで治療するためにほかの健康な歯を削ることは、なるべくなら避けたいのです。
最後に講師の先生曰く、「インプラントの5年生存率は90%以上で、少なくとも虫歯にならないぶん、もっともつ。」実際、当院でもインプラント1号目の患者さんは13年が経ちましたが、問題なく使っておられます。歯が抜けた場合、ブリッジではなくインプラントを勧めることに自信を深めたセミナーでした。
<院長>
2010年4月号
事故から1年が経ち、歯槽堤増大術を受けている頃、急に右下7番(第二大臼歯)に自発痛と温熱痛を自覚しだした。外観上、特に虫歯はなかったが、しばらくすると咬合痛もでてきて、6番も痛み出した。
それまで虫歯の痛みの経験が少なく、症状からするとこれはちょっとヤバいと感じた。多分、この歯は10数年前に後輩にインレーをやり替えてもらった時、「小さなヒビが入っていますね」と言われたことのある歯である。
思い起こすとこの1年、失った3本の下顎の前歯以外に下の犬歯も切端が欠けているため、咀嚼時は臼歯部に強い荷重がかかっていたようである。そのため、知らぬ間に徐々にヒビが大きくなって細菌が侵入し歯髄が死んでいき、歯髄炎を通りこして歯根膜炎を起こしてしまったのだろう。その証拠に、単なる歯髄炎では効かない抗生剤を、取りあえず服用してみたら効いたのである。
ところで虫歯の痛みは、おおむね初期の段階では冷水痛、次に温熱痛、自発痛の順に進み、もっとひどくなると痛みの部位が分からなくなり、その頃になると冷水で痛みが和らぐこともある。その先は歯肉が腫れて、咬んだり叩いたりすると痛むようになる。
初期の段階では虫歯の部分を削って、削った分を人工的な材料で埋めて元の形にするだけで痛みは取れる。温熱痛や自発痛まで症状が進むと歯髄を全部取ってしまう抜髄という治療をしなければ痛みは取れない。
そのまま虫歯をほっておくと、細菌がやがて根尖から歯根の周りを取り巻いている歯根膜にまで侵入し歯根膜炎を起こす。このときの治療は、腐ったような歯髄を除去しその根管を通じて消毒薬で根尖部や根管内を無菌化する感染根管治療と呼ばれる処置を必要とする。この感染根管治療は、抜髄以上に手間暇のかかるうえ大切な治療でありながら、日本の健康保険制度では抜髄より安価に抑えられている治療である。
この抜髄と感染根管治療は患者さんの側から見ると、歯を削ったり、リーマやファイルでごりごりされるので、違いが分かりにくいが、前者の場合は必ず麻酔をし、後者は歯髄が死んでいるので麻酔をしなくてもそのまま削れることが多い。以前の抜髄処置がうまくいっていなくて、再治療となる場合も感染根管治療の部類に入る。
さて私の場合、前医のほうが事情がよく分かっているだろうともう一度その後輩を訪れた。歯を削ってもらい歯髄腔に達した途端腐敗臭を自覚し、溜まっていたガスが抜けた感じがした。1回目の治療でグッと痛みは楽になった。数回の治療で完全に痛みが消失したので、最後に緊密に根管充填をして一旦終了となり、その歯の上にかぶせる金冠は他の歯と並行してやっていただくように今の先生のところへ戻った。
一か所が悪くなると、次々と悪いところが出てくるものである。痛みは自分で経験しなければ分からないものなので、事故による外傷を発端に色々な種類の痛みを体験したことは、患者さんの痛みを理解する上で良い経験になったとプラス指向で考えることにしよう。
<院長>
2010年3月号
事故時 3本の下顎前歯と歯槽骨を失ったため、歯槽堤は急速に萎縮してしまい、事故から1年経過し前号の図2ように前後的な幅も極端に小さく、また低くなってしまった。このまま最終的なブリッジを入れてしまうと昨年12月号で示したように清掃性も審美性も悪くなる。そこで歯槽堤増大術を受けることになった。この手術は、骨の少ない部位へ敢えてインプラントを植える時や今回のような審美歯科で、最近は盛んに行われている手術である。
手術は簡単にいうと、粘膜を切開し、その下にある骨から粘膜を剥離(はくり)し、そこにできたスペースに材料を押し込んでカサを上げる術式である。
今回の手術部位は、ブリッジのポンティックの底面が接する粘膜部分で、咬合力がかからない部分であるので、強度は必要ない。たとえば、豊胸術のようにカサをあげればいいだけであるが、歯科では材料にはシリコーンを使うことはなく、骨の代わりになる骨補填材(こつほてんざい)が使われている。
それには大別すると生物由来の物と人工物がある。前者の一番一般的なものは自家骨であり、これがゴールドスタンダードであると言われているが、別の部位にもメスを入れて採取しなければならず傷が二つできるので患者さんには抵抗があるだろう。その他遺体から採取した骨を処理した脱灰凍結乾燥骨というのもあり、米国では一般に使われているが、誰の骨かわからないものを口の中に入れることには、われわれ日本人は抵抗感が強く、また認可もされていない。また牛の骨を処理して製造されたものもあるが、未知の感染症の可能性を完全には否定できない。一方、人工的に作られたものは数多くある。よく使われるのは、HA(ハイドロキシアパタイト)とβ-TCP(ベータティーシーピー)であり、抗原性や感染性はない。後者は吸収性のため体内で徐々に溶けて、新しい骨に置換されていく。今回の手術ではHAとβ-TCPの両成分が含まれた複合セラミックスが使用された。
さて手術である。これまでの私の手術の経験は、学生の臨床実習で友人に親知らずを抜いてもらったのと、今回の事故で下顎前歯の抜歯と歯肉の縫合くらいであったが、今回も特に緊張感はなかった。なぜなら、それほど難しい手術でもなく、たとえ万一うまく行かなくとも骨補填材を取り出してしまえばよいだけであったからである。
手術当日は、M先生を紹介してくれたN先生にアシストを頼んだ。どんな手術もそうであるが、手術もできる人にアシストを頼むと非常に手術がしやすくなる。手術は、歯槽堤の舌側の粘膜を少し切開、剥離し袋状になった粘膜(正確には骨膜に裏打ちされた粘膜)と骨との間に骨補填材の顆粒を填塞し、極細の糸で切開部を縫合して終わった。時間にして30分くらいで、局所麻酔がよく効いていたので全く痛みはなかった。
術後は仮着をはずしてあったブリッジのポンティックの粘膜面を、カサが上がった分だけ削除して、再度仮着すればおしまいである。入れた顆粒は半年もすれば元々の骨と結合一体化し、体の一部となる。それまでの間、余分な顆粒は時々粘膜を破ってぽろぽろと排出されることがある。粘膜に白い点が見え一瞬膿んできたかなと思うが、顆粒がぽろりと出てしまうとまた粘膜は元通りになって治ってしまう。
人工物が体内に入ったという感覚は全くなく、少しの侵襲で審美的にも機能的にも大きな効果が現れるので、必要となった場合は、皆様にもこの歯槽堤増大術を受けていただけたらと思います。
<院長>
2010年2月号
昨年12月号コラムにあるように、下顎の前歯部の3歯の欠損についてノーベルガイドを用いて、インプラントが可能かどうかあらためて検討してみた。欠損である右下2から左下1までの距離は13mmである。インプラント体と歯、インプラント体通しは図1のように各々最低2mm,と3mmの距離をあける必要がある。その理由は、それらの間の骨の血流を妨げないためやインプラント体が歯の神経を侵さないようにするためである。普通の歯の根には歯根膜が存在し、それが周囲の骨を養っているが、チタン製のインプラントにはそのような働きがないので、周囲の骨は骨の中の血流のみで養われる。
アストラテック社のインプラントで一番直径の細いものは3.5mmで、ノーベルバイオケア社では少し特殊ではあるが3.0mmというのがある。後者なら2本が辛うじて13mmにはおさまるが、このタイプはフィクスチャーとアバットメントがワンピースの一体型なので、上部構造(かぶせ)の角度を変えるのが難しい。
私は元々上下顎の前歯が前突し前へ倒れたような歯列であったので、立ち上がりの部分は狭くとも切端は広くなっていた。そのため2本の立ち上がりから歯を作ると、かなり大きな歯になってしまい審美的には問題がある。また無理やり3本にすると立ち上がりの部分の清掃性が悪くなりこれも宜しくない。
また欠損部の歯槽骨は12月号コラムと図2の点線にあるように前後の幅も狭く、高さも極端に低いので、食物が停滞しやすく、さらにそれを舌先で取り除くことができない状態になるだろう。この状態を解消するには何らかの方法で骨の量を増やす歯槽堤増大術もあるが、うまく骨ができない場合もあるので、そこまですることもないかという気にもなる。
自院でこのような症例に遭遇したときに、患者さんへの手術の侵襲の度合、苦痛、成功率、治療期間、費用などを勘案したうえで、あえてインプラントを勧めるであろうかと考えると、答えはNoであろう。自分の体を使って少しチャレンジングするのも面白いが、もし結果が思わしくなかった場合にそれを長く引きずるのも気が重い。
かなり否定的な条件ばかりになり、残念ではあるが結論としてインプラントは断念して、上顎前歯部と同じくオールセラミッククラウンを希望した。
ところで今回の事故により左右の下の3の切端が欠けているので、簡便な方法で一時的にレジンを盛って上の犬歯と噛めるようにしてもらっていたが、直ぐにはずれてしまうのでやはりかぶせなければ咀嚼に耐えることはできないだろうと思っていた。どのみちかぶせてしまうなら総合的に考えてインプラントよりブリッジがベターだと自分を納得させた。
<院長>
2010年1月号
新年あけましておめでとうございます。本年も当コラムをお読みいただきありがとうございます。
事故後半年以上が経過し、歯根破折のある左上1番も特に問題が出ていないのでそのままかぶせを作製してもらうことにした。もちろん完成後は経過を観察するため仮着を長い目に続ける予定である。
ところで現在白いかぶせには、使用する材料によりおおむね以下のような方法がある。
それらは1)硬質レジン前装冠、2)ハイブリッドセラミッククラウン、3)メタルセラミッククラウン(いわゆるメタルボンド)、4)オールセラミッククラウンの4つである。
見た目の自然さ、強度、汚れにくさは、後者ほど優れており、1)と2)そして3)と4)の差は大きいと考えられる。
前3者はいずれも金属の上に、各々硬質のプラスティック、プラスティックにセラミックスを混ぜたもの、およびセラミックスを接着したり、焼き付けたりして製作する。
4)のオールセラミッククラウンは今一番注目されている先端の治療法で、製作方法も全く異なっている。それは、芯を金属で作るのではなく、スキャナーで歯型を読み取り、CAD/CAMの技術を用いコンピューター上で芯になるジルコニア(人工ダイヤモンドと同じ材料)をデザインし、そのまま機械がジルコニアのブロックを削り出して作る。そして、そのジルコニアの上にセラミックスを焼き付けて歯の形にするのである。光を透過しない金属を使わず全てセラミックスを使用するので、光の透過性に優れているため明るい色調が出せ、歯肉も暗くならないという特徴がある。歯科医が見ても自然の歯と見分けがつかない場合もあるくらいである。
歯科医である私の場合、前歯は仕事上、看板になるので迷わずオールセラミッククラウンを選択した。
のちに、クラウンが完成してその見た目に満足したのはもちろんであるが、下顎前歯に入っているレジンのブリッジと比較するといつもつるつるしていて、その汚れにくさを実感した。診療中患者さんには、セラミックスとレジンの違いを説明しているものの、実体験してみるとさらによく分かった。
上記の4つの治療方法のうち、現在の健康保険で認められているのは残念ながら1)の硬質レジン前装冠のみであり、それも前歯に限定されているというのが現状である。
さて、どれが作った歯でしょうか?
<院長>
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