2008年12月号
10月末に、豊中市歯科医師会で、「乳歯幹細胞の可能性」というテーマの学術講演会を聞いて参りましたので、11月コラムに引き続き、トピック的に報告をします。
講師は、歯科の再生医療分野では第一人者である、上田実先生(名古屋大学医学系研究科頭頚部感覚器外科学講座教授)でした。同先生は、幹細胞の新しい供給源として乳歯に着目し、昨年「乳歯幹細胞研究バンク」を設立されました。
再生医療とは、人工的に培養した細胞や組織を用いて、病気やけがなどによって失われた臓器や組織を修復・再生する医療をいいます。
失った器官を補うための人工臓器による治療としては、歯科では昔から、歯の詰め物や義歯による治療が行われてきました。その最先端は歯科インプラントで、かなり進歩した治療といえます。しかし、現在の臓器移植や人工臓器による治療は、臓器提供者の不足や、人工臓器機能の再現に限界があるといった問題を抱えています。
再生医療はそうした問題を克服し、新たな治療の可能性を広げるものとして最も注目されています。研究開発が進み、自分の細胞をもとに、組織や臓器を培養できるようになれば、拒絶反応の心配がない移植が可能になるからです。
培養には、体の中の幹細胞(かんさいぼう)を使います。幹細胞とは、皮膚や骨・神経などの組織を作り出すもととなる最も若くて元気な細胞で、胚性幹細胞(ES細胞)と体性幹細胞の大きく二つに分類されます。
ES細胞は、受精後分化を始めて間もないヒトの受精卵から得られ、理論上、あらゆる組織や臓器を作ることができる万能細胞として期待されていました。しかし、人間のもととなる受精卵を使用することから倫理上の問題があり、まだ臨床応用は実現していません。
一方、体性幹細胞は体内の全組織、臓器にあり、実際に臨床応用され、再生医療に用いられています。それには、造血系幹細胞や間葉系幹細胞などがあり、骨髄や臍帯血等から摂取されます。それらを保存する各々のバンクも設置されていますが、充分な量が確保されているとは言いがたい状況です。
そこで、上田先生らは新しい幹細胞の供給源として入手が容易な乳歯に注目し、再生医療の臨床応用が広く普及することを目指しておられます。
乳歯は生後6~7か月で生え始め、多くは、小学生の間に歯根が徐々に溶けて自然に抜け落ち、永久歯へ生えかわります。これまでは抜け落ちた乳歯は廃棄されてきましたが、近年、その乳歯の歯髄(神経)中に骨、脂肪、神経、血管などのいろいろな組織に分化できる(多分化能)幹細胞が存在することがわかり、保存して有効に利用するシステムがつくられました。
骨髄や臍帯血等の細胞供給源と比較して乳歯が優れている点は、
などです。
また、乳歯幹細胞は、増殖能力、細胞密度、分化能力が高いというすぐ優れた特徴もあります。
現在は、臨床応用への基盤作りのための研究用のバンクですが、難治性疾患の治療へと応用されることが期待されています。
実際に臨床応用が可能となると、子供の頃に乳歯から幹細胞を分離、保存しておき、将来自分に再生医療が必要となったとき、それを利用して治療を受けることができるようになります。また、孫の乳歯幹細胞でおじいさん、おばあさんの難病を治療することも可能となるでしょう。
虫歯の乳歯からは健康な歯髄を採取することは困難なので、現在乳歯がまだ残っていたり、これからはえてくるお子さんにできることは、乳歯が虫歯にならないよう健康管理を続け、バンクが一般的に稼働する日を待ち続けることでしょう。
体性幹細胞 | 体の骨髄や脂肪などにある。一定の種類の細胞に分化する。 骨髄・脂肪・血液などに微量含まれている未成熟の細胞。 |
---|---|
成長すると血液細胞になる[造血幹細胞] 骨や脂肪などになる[間葉系幹細胞] 脳の神経になる[神経幹細胞] などがある。 |
|
患者自身の細胞を採取するので、拒絶反応が起きない | |
ES細胞 | 受精卵の一部からつくる。 体のあらゆる細胞になる機能を持っている。 |
iPS細胞 | 皮膚などの細胞に遺伝子を入れてつくる。 ES細胞と同様にあらゆる細胞になるとされる。 |
丸美屋和漢薬研究所HPより
本年のコラムは今回で終了です。1年間ご愛読いただきありがとうございました。来年もみなさまに有益な情報を提供できるよう、努力してまいります。 もしお知りになりたい事柄等がございましたら、メールにてお知らせください。
<院長>
2008年11月号
先月10月5日(日)に千里ライフサイエンスセンターにて、私の属している日本抗加齢医学会のセミナーを受講してきました。今回のセミナーでは、歯や口に関する内容はありませんでしたが、他の器官におけるアンチエイジングについて興味のある講義でした。その中から、皆様の健康やアンチエイジングに役立つ内容をトピック的にご報告いたします。
1.「見た目のアンチエイジング」より
2.「脳の加齢変化とアンチエイジング」より
3.「運動・筋力とアンチエイジング」より
<院長>
2008年10月号
昨年来、このコラムにおいて酸蝕の原因についてお話してきました。しかし、少々の飲食や,嘔吐によってすぐに、肉眼的に見てわかるほど歯が削れてしまうわけではありません。ゆえに、酸蝕を恐れるあまり、飲食物を制限する必要はないのです。
また、われわれは誰しも、おいしいもの、体に良いものを食べたり飲んだりして、豊かな生活を送りたいと考えています。そして、その際、食べ物の後味も含めて「おいしさ」を感じているのです。
しかし、飲食は一生続けなければならないので、健康な歯を保つためにできるだけ歯に害のない方法で行うべきです。
ところで、このシリーズで、供覧いたしました症例の多くは、5~10年以上の長期の経過を経て、徐々に進行したものばかりです。酸蝕が起こってしまい、その結果から診断をするのはたやすいことですが、初期の段階で見つけるのは、かなり困難であろうと考えられます。
本年4月以降、歯科を受診された方は、「歯と口の治療管理」という文書を手にされたことと思います。その文書の食生活習慣についての項目の中に習慣的飲食物の欄がありますが、その欄の質問に正直に答えていただきたいのです。特に長期に飲んでいる物、アルコールの種類なども必ず記入して下さい。
その情報によって、歯科医は、より正確な診断ができ、患者さんは、運よく酸蝕が発見されたり、未然に、適切なアドバイスを受けることが可能になります。
こういったことからしても、口の中の変化に気づいてもらえるかかりつけ歯科医を持つことは、極めて大切といえるのではないでしょうか。
酸蝕について1年以上にわたって、さまざまな情報をお伝えしてきましたが、今回で一応終了とさせていただきます。
ToothWearは、歯科の二大疾患であるむし歯と歯周病に次いで将来、三番目の疾患になるといわれています。これら三つの病気は、ほとんどが良くない生活習慣によって、引き起こされるものです。
また、酸蝕にあっては、消費量が年々増加している清涼飲料水や各種アルコール、摂食障害によって増えてきていることを考えると、まさに、酸蝕は、人間によって作られた新たな病気であるといえます。
病気についての正しい知識(病識)を得て、より健康的な生活を送っていただけるよう、これからもさらに、いろいろな情報を皆さまに提供していきたいと考えています。どうぞ、ご期待下さい。
〈付録〉
シリーズのもっと早い時期に掲載すべきだったのですが、最後に簡単な実験の結果をレポートします。
次の写真は、抜去歯牙をいろいろな酸性溶液に浸したとき、どのような変化が起こるかを示したものです。
図1は、抜歯した親知らずを(左上から順に)、レモン果汁、サイダー、白ワイン、スポーツドリンクに浸す前の状態です。
図2は、それぞれを37℃の環境の下、24時間浸した後の状態です。4本ともエナメル質が脱灰して白くなっていますが、特にレモン果汁は、pHが一番低いので溶けるのが早く少し形が変わってきています。また、歯の溝から発生しやすいむし歯と違って、酸蝕の場合は凸部の方が、脱灰が進んでいます。
実験は、溶液に浸したままの厳しい条件下で行っているため、唾液の作用のある口腔内より、酸蝕が速く強く進んでいます。
<院長>
2008年9月号
酸蝕のリスクファクター(酸蝕を引き起こす可能性のあるもの)は、以前にもお話しましたように数多くありますが、その中でも清涼飲料などの酸性飲料や、拒食症・過食症による酸蝕が増加しつつあります。
しかし、すべての要因が同程度に危険なわけではなく、各々にリスクの強弱があります。
要因 | |
---|---|
清涼飲料水(週に4~6本以上) | 4倍 |
スポーツドリンク(週に1本以上) | 4倍 |
柑橘類(1日に2個以上) | 37倍 |
リンゴ酢(週に1本以上) | 10倍 |
嘔吐(週に1回以上) | 31倍 |
その他の胃症状(週に1回以上) | 10倍 |
※13歳から73歳の106名の酸蝕患者群と無作為抽出した100名のコントロール群を対象としたケースコントロール研究を解析し、酸蝕のリスクファクターとして発表されています
柑橘類を1日2個以上摂取すると、摂取しない場合と比べて37倍のリスクがあり、この中では一番高いです。
近年、増加しつつあるものの中で、清涼飲料水を週に4~6本以上摂取すると4倍、嘔吐(拒食症・過食症)が週に1回以上あると31倍のリスクがあるといわれています。
では、酸蝕にならないためにはどうすればいいのでしょうか。酸蝕のリスクファクターとなる飲食物を食べなければいい!と思われるかもしれません。しかし、絶対に食べない、飲まないというのは難しく、また、嘔吐を止めることは困難です。大事なことは、まず、酸蝕の原因となるものを知り、歯に対する酸の侵襲の頻度や程度を減らすことです。
予防方法
(摂取量と頻度を少なくする、すばやく飲む)
酸により溶けて軟らかくなった歯が唾液で再石灰化するには時間がかかり、長時間、お口の中が酸性になっていると再石灰化が間に合わなくなる
寝ている間は唾液が少なくなるので、酸に溶かされた歯を再石灰化することができない
酸により歯面が軟らかくなっているため、歯ブラシで簡単に削れてしまうので、まずは水で口をゆすぎ、酸をお口の中から洗い流す
軟らかくなっている歯をかたい歯ブラシでゴシゴシ磨くと簡単に削れてしまう
自宅でフッ素入りの歯みがき粉やうがい薬を 使用し、歯科医院で一年に2~4回、フッ素塗布を行う
酸蝕予防は、基本的には、むし歯予防と似ています。
一度溶けてなくなった歯は元には戻りませんので、早期発見が大事です。酸蝕の原因となる飲食物を頻繁に摂取している方、嘔吐などの症状がある方は、歯科医院を受診していただき、上記の予防方法を実践されることをお勧めします。
参考文献 デンタルハイジーンNo.26 vol.12、No.27 vol.3
<歯科衛生士 山田麻美>
2008年8月号
今回は胃食道逆流症による酸蝕をご紹介いたします。
胃食道逆流症(GERD: Gastro Esophageal Reflux Disease)とは?
胃の入り口には弁があり、通常胃に入ったものは食道には逆流しない仕組みになっています。しかし、何らかの原因によって無意識のうちに、胃液の混ざった胃の内容物が食道に逆流することがあります。その結果起こる「病態」(胸やけ等)を総称して、「胃食道逆流症(GERD)」といい、病態がひどくなり、食道粘膜がただれると、「逆流性食道炎」となります。
胃食道逆流症(GERD)の症状の1つに酸蝕があります。
下は、GERDの患者さんの歯の写真です。逆流した胃酸が触れる歯の内側が溶けてしまっています。
その他、お口の中の症状としては、灼熱感、舌の鋭敏化、象牙質知覚過敏、顎関節や咀嚼筋の痛み等があります。
お口の中以外の定型的症状としては、胸やけ、呑酸(お口の中の酸味)、げっぷ、嚥下困難、吐出などがあります。
これらの症状は、
に起こります。
日本では、約69万人の方が主にプロトンポンプ阻害剤(ランソプラゾール、オメプラゾールなど)を使った薬物療法によるGERDの治療を受けています。
GERDの原因
胃の入り口の弁の働きが老化や胃の切除により弱くなることで起こります。
食道へ逆流してきた胃液を胃に送り込むのが遅れることによって起こります。
肥満やお腹を締めつけたり、重いものを持ったりすることによって胃が圧迫され、逆流しやすくなります。
胃液の分泌が多くなると、逆流が起こったときに食道の粘膜が傷つけられやすくなります。
食べ過ぎたり、脂肪の多い食事を摂ったりすると胃がもたれて働きが悪くなり、胃と食道の間にある「噴門」が開きやすくなります。空気が出れば「げっぷ」、胃液が出れば「逆流」になります。
唾液は、食道へ逆流してきた胃液を洗浄、中和します。この唾液の分泌量が低下すると、食道粘膜が傷つきやすくなります。
胃食道逆流症(GERD)は高タンパク、高脂肪食、過食、肥満に伴って発生しやすく、生活習慣病のひとつと考えられています。下は、GERDの原因となる腹圧の上昇が生じる食事習慣、生活習慣を示しています。これら日常生活の改善だけでもGERDの症状が緩和されることがあるそうです。
<腹圧の上昇が生じる食事習慣>
<腹圧の上昇が生じる生活習慣>
原因不明の継続的な胸焼けがある方はいらっしゃいませんか?歯の内側(舌が当たる部分)が溶けてはいませんか?もしかすると、それは胃食道逆流症(GERD)による酸蝕かもしれません。心当たりのある方は内科への受診をお勧めいたします。
参考文献 デンタルハイジーンNo.26 Vol.6
<歯科衛生士 正田千尋>
2008年7月号
前回まで口の外から入ってくるさまざまな酸による酸蝕をご紹介してきました。
今回からは体の中からくる酸、つまり「胃液」による酸蝕について説明いたします。
胃液はpH1.0~2.0の塩酸からなり、通常は胃の中にあるので胃液が口の中に出てくることはありません。しかし、何らかの原因によって胃液が口の中に逆流し、それによって酸蝕がおこる場合があります。
なぜ、口の中に胃液が戻り、酸蝕となるのでしょうか?
それには主に2つの理由があげられます。
1つは、「嘔吐」によるものです。
嘔吐とは、なんらかの原因(疾患、薬、アルコール等)で延髄の中にある嘔吐中枢が刺激されることにより、胃の中のもの(pH3.8程度)が食道や口の中に逆流し、勢いよく外に吐き出されることをいいます。
なお、乗り物酔いなどの一過性の嘔吐では酸蝕にいたることはありません。
摂食障害、いわゆる拒食症・過食症の疾患等で意図的に嘔吐を繰り返す場合、つまり継続的な嘔吐がある場合に酸蝕にいたります。
下は摂食障害をもつ方の、上の歯の写真です。
継続的な嘔吐により、胃液や舌が接触する歯の内側に重篤な酸蝕がみられます。これは、摂食障害患者さんの特徴的な歯の溶け方です。その他の特徴としては、唾液腺が常に刺激されることによる唾液腺の腫脹(特に耳下腺)、歯が溶けることによる知覚過敏などがあります。
もう1つの理由は、「逆流」によるものです。
逆流とは、げっぷ、前かがみや腹圧を上げる動作により無意識に胃の中のものが喉の奥や口の中に流れ出すことをいい、食直後にみられます。また、「胃食道逆流症」という疾患においてよくみられる症状です。
次回は、この「胃食道逆流症」による酸蝕について説明いたします。
参考文献 デンタルハイジーンvol26 No.5
<歯科衛生士 正田千尋>
2008年6月号
今回は、お酒による酸蝕の実際の症例をご紹介します。
<症例1> 日本酒
35年間、毎日3~4合を2~3時間かけて飲酒。
◘上の歯の裏側
エナメル質が溶けて、象牙質が露出。周囲にエナメル質が残っている。
◘上下前歯の表側
全体的に丸みを帯びている。
◘上下前歯の切端(歯の先)
いびつに尖っている。
<症例2> ワイン
20年間、毎日750mlを1~2時間かけて飲酒。
◘上下表側
つるっとしていて一見きれいだが、丸みを帯びてびている。
エナメル質に大きなくぼみがある。(→印)
over brushinng(磨き過ぎ)があるため全体に光っている。
◘奥歯の咬み合わせ部分
エナメル質が溶けて、象牙質が露出。
<症例3> ワイン
10年間、毎日750mlを飲酒。
◘上下
全体的に丸みを帯びている。
咬み合わせの一番高いところが溶けて、黄色くなっている。(→印)
◘下の奥歯
金属を詰めた後で酸蝕が起こり、金属と歯の間に段差ができ、金属が浮いている。(→印)
切端は虫歯になりにくい部分であるが酸性溶液が最も接する部分のため、酸蝕が進む。
お酒は、一気に飲むというよりも、味わって飲む方が多いと思います。すると、歯に触れている時間が長くなりますので、エナメル質が溶けて、歯全体が丸くなります。
溶ける場所や溶け方は全員が同じではなく、飲み癖にもよります。たとえば、ワインは、口に含み、舌の上をころがすように味わうといいますし、お酒好きの方は、食べ物が口の中にある時には、お酒を口に運ばないようで、お酒だけを飲みますね。同じワインでも、症例2と3は溶けているところが違います。
また、症例2のように酸によって柔らかくなった歯の部分に、歯ぎしりや磨き過ぎがあると、さらに歯が溶けたり、減ったりします。
3症例紹介しましたが、当院では、お酒による酸蝕が疑われる患者さまが他にも多くおられます。しかし、お酒で歯が溶けるということがあまり知られていないため、自覚されている方はほとんどおられません。
みなさんも一度、鏡でご自分の歯をチェックしてみてはいかがでしょうか。
<歯科衛生士 山田麻美>
2008年5月号
お酒は「百薬の長」などといわれ、適量であれば、ストレス解消、食欲増進、睡眠促進などの効果があります。反対に飲み過ぎると、肝臓や脾臓に影響を及ぼすなどの全身疾患がよく知られていますが、酸蝕についてはあまり知られていません。
今回は、お酒と酸蝕の関係についてお話します。お酒による酸蝕は、もちろん、その中に含まれるアルコールが原因ではなく、酸によって歯が溶かされて起こるものです。
有機酸 | pH | ||
---|---|---|---|
醸造酒 | 日本酒 | コハク酸、乳酸、リンゴ酸 | 4.3~4.5 |
ビール | クエン酸、酢酸、リンゴ酸 | 4.0~5.0 | |
ワイン | 酒石酸、リンゴ酸、シュウ酸 | 2.3~3.8 | |
蒸留酒 | 焼酎 | 酢酸 | 4.5~6.9 |
ウィスキー | |||
ブランデー | |||
混成酒 | チューハイ | クエン酸、リンゴ酸 | 3 |
※pH5.5~5.7以下でエナメル質が溶解
お酒は醸造酒、蒸留酒、混成酒の3つに大別されます。
ここで、pHが一番低いつまり、酸性度が高いワインに注目してみます。ワインには動脈硬化を予防するといわれるポリフェノールが含まれています。最近、話題のアンチエイジングにポリフェノールが注目されている理由の1つに、「フレンチ・パラドックス」(フランスの逆説)があります。これは、ワインの消費量が多いフランスやイタリアでは、同じく動物性脂肪を多く摂取する食習慣を営むアメリカと比較して、心疾患による死亡率が低いという説です。
その他にも赤ワインの効用として、血流改善、脂肪吸収の抑制、がん細胞の増殖抑制などがあげられます。
以上のことから、ワインを楽しむために飲む人もいますが、健康のために飲む人も少なくありません。しかし、ワインはお酒の中では最も酸蝕の原因になりやすいので注意が必要です。
ワインテイスターの重篤な酸蝕
デンタルハイジーンVol.26No.11より引用
ワインはpHが2.3~3.8と低く、職業的に頻繁かつ大量にワインを摂取するワインテイスターの重篤な酸蝕が報告されています。
ワイン以外の醸造酒(日本酒、ビール)も酸性ですので、酸蝕の危険性があります。
一方、蒸留酒(焼酎、ウィスキー、ブランデー)には揮発性の酸しか入っていないので、醸造酒に比べるとpHは若干高く、酸蝕の危険性は低いと思われがちですが、焼酎は梅干しを入れたり、果汁で割ったりするとpHが低下し、酸性になるので注意が必要です。
また、アルコールには催吐作用もあるので、胃液による酸蝕のおそれもあります。
以前コラムでお話しました、清涼飲料水や食酢など、酸味のあるものに限らず、普段何気なく飲んでいるお酒にも酸蝕の危険があることを知っていただきたいです。
次号で実際の症例を紹介いたします。
参考文献 デンタルハイジーンvol26 No.11
<歯科衛生士 山田麻美>
2008年4月号
前回までお話してきました清涼飲料や酸性食品を、日常的に摂取しているアスリートたちは、自分自身の歯を酸蝕の危険にさらしていることに気付いているでしょうか?
今回のコラムでは、私の大学の同期のK先生についてお話します。彼は、華々しい記録を残している20年来のトップトライアストリートです。
トライアスロンという競技は、水泳、自転車、ランニングの3種目を、連続して一人で行いタイムを競うスポーツです。水泳は、オープンウォーターで行われるので、レースは主に夏場に開催されます。そのため、完走し勝利するには、水分・エネルギー補給は非常に重要なポイントとなります。レースは、2~3時間程度のショートタイプから、半日を費やすロングタイプ、さらに、3日間連続で行われるウルトラタイプまであります。
ちなみにK先生は、その3日間連続して行われるレースにも完走し、ウルトラマンの称号を持っています。そして、その彼曰く、「ロングはレースの最後の方になると歯がしみてしみて。終わって3日間ぐらいは歯が痛いわ!」 一体、彼の歯に何が起こったのでしょうか?
レース中の水分補給は、エイドステーションに配備されたり、各自の自転車のボトルで携行されるスポーツドリンクが頼りです。一日中スポーツドリンクを飲みながら、走り続けているわけですから、K先生の歯痛は、急性の酸蝕が原因だと思われます。
炎天下では激しいスポーツ中に、スポーツドリンクを飲んでもすぐに口が渇きます。そのうえ、発汗のため唾液量が少なくなり、口の中のpHが中性に戻るまでには時間がかかります。そして戻るまでにまた次を飲むといった、非常に酸蝕の起こりやすい状況になっているわけです。そして、レース後3日かかってようやく再石灰化により痛みがなくなったのでしょう。
私も、時々スポーツジムに行きますが、そこでは、若い人たちが、エアロビクス、ウエイトトレーニング等のエクササイズ中、いつもスポーツドリンクのボトルを持ち歩いて、絶えず水分補給をしながら長時間過ごしているのを見かけます。また、最近では、少年野球、サッカーや学校のクラブでもよく似た状況であると考えられます。
私が学生であった40年前は、生理学に反して、スポーツ中に水を飲むのはいけないことであるとされていました。スポーツといえば、忍耐、根性など精神論に重きを置いていた非科学的な時代です。つまり、口の渇きをも我慢できるのが、強い選手であるかのように考えられていました。
しかし、1980年に、ポカリスウェットが売り出されてからは、スポーツドリンクは、その販売量をどんどん伸ばしてきています。なぜなら、時代とともにスポーツ医学が重要視され、吸収が早く、効率よく水分、電解質の補給ができるスポーツドリンクはアスリートにとってなくてはならないものとなったからです。
その反面、酸蝕の危険度が増し、歯は脅かされる機会が多くなりました。
スポーツをされる方は水分補給の際、このようなことが起こっていることを知っておく必要があると思います。
我々にとって、何か便利なものができても、その一方で、失っているものがあると私は常々感じています。
<院長>
2008年3月号
体に良い食酢や温泉、歯には悪いの!?
飲むと体に良い食酢や温泉も、酸蝕の原因になることはご存知ですか?
それではまず、食酢と酸蝕について説明いたします。
食酢は主成分として4~5%の酢酸が含まれており、pHは2.4~3.4、体内ではクエン酸に変化します。
クエン酸を補給するとエネルギーとなり、疲労回復になることから、クエン酸は各種サプリメントの成分として多用されています。また、食酢も体内でクエン酸に変化し疲労回復になることから、食酢健康法が流行となり、飲料用の食酢の市場規模は1999年から劇的に拡大しつつあります。
下は約10年にわたって、食酢を飲んでいた方の歯の写真です。
食酢の酸によって、歯の表面のエナメル質が溶けてなくなり、中の黄色い象牙質が見えてしまっています。
食酢健康法を実践されている方、あなたの歯は大丈夫ですか?
次に、飲泉と酸蝕について説明いたします。
飲泉とは、健康法の1つで「温泉水を飲むこと」または、「温泉水を飲むことによって病気の回復などの効能を得ようとすること」です。
ヨーロッパでは、入浴と平行して飲泉がさかんに行われています。またその温泉地では、飲泉に対する指導が温泉療法医により、しっかりと行われています。
しかし、日本では飲泉は入浴ほど一般的ではなく、専門の医師による指導を行っている施設もほとんどありません。
一方、インターネット上では温泉水の宅配を行っているサイトが多数あり、誰でも簡単に手に入れることができるため、飲泉は安易な健康法の一種になってしまっています。
下は、長期にわたる飲泉による酸蝕の写真です。
この方が飲用していた温泉は、塚原鉱泉で、その酸性度はpH1.1と高いものでした。この方は健康を考えての飲泉でしたが、酸性が非常に強い温泉であったために歯が溶けてしまいました。さらに飲泉後、エナメル質が軟らかくなっている状態で歯を磨いていたので、磨耗によっても歯が削れてしまっています。
「酸性の飲料水を摂ると歯が溶ける(酸蝕が起こる)」という知識がなかったために、このような結果となってしまいました。
下は、温泉の酸性ランキングです。
温泉の酸性ランキング | pH | ||
---|---|---|---|
1 | 塚原鉱泉 | 入浴施設なし | 1.10 |
2 | 玉川温泉 | - | 1.175 |
3 | 蔵王温泉 | 高見屋2号泉 | 1.3 |
4 | 塚原温泉 | - | 1.4 |
5 | 川湯温泉 | 共同湯 | 1.6 |
6 | 草津温泉 | 万代鉱 | 1.7 |
7 | 明礬温泉 | 山田屋 | 1.7 |
8 | 雲仙温泉 | 八万6号 | 1.8 |
清涼飲料水のコーラでpH2.5、柑橘類のレモンでpH1.8~2.4ですので、上記の温泉はこれらよりも非常に酸性度が高いことがわかります。
酸性度の高い温泉で飲泉を行う場合には、酸蝕への注意が必要です。専門の医師の指導のもとに、正しい方法で行ってください。
参考文献 デンタルハイジーンVol.26 No.9
歯科衛生士 正田千尋
2008年2月号
今回は、クエン酸を大量に含む柑橘類とこれよる酸蝕について説明いたします。
食品由来の「酸」には、クエン酸、リン酸、リンゴ酸、フタル酸などがありますが、その中でも、「クエン酸」が歯を溶かす力が1番強いことはご存知でしたか?特にpHが1.5~2.5の間では、塩酸や硝酸と比べても、2倍歯を溶かす力があるのです。柑橘類では、レモンやライムがこれに当てはまります。(レモンは別名「枸櫞(クエン)」ともいい、クエン酸の名はこれに由来します。)
柑橘類にはビタミンCをはじめとする豊富なビタミン、ミネラル、食物繊維、そして生活習慣病の予防に欠かせない、いわゆる「機能性成分」が多く含まれています。健康志向の人々は柑橘類をはじめとし、酸性度の高い果物や野菜の割合が高い食事を好んで摂られるようです。
下は、「果物と野菜のpH」の表です。
pH | pH | ||
---|---|---|---|
レモン、ライム(果汁) | 1.8~2.4 | グレープフルーツ(果汁) | 2.9~3.4 |
イチゴ | 3.0~4.2 | オレンジ (果汁) | 2.8~4.0 |
グレープフルーツ | 3.0~3.5 | 桃 | 3.1~4.2 |
プラム | 2.8~4.6 | りんご | 2.9~3.5 |
ぶどう | 3.3~4.5 | ブルーベリー | 3.2~3.6 |
フルーツジャム | 3.0~4.0 | トマト | 3.7~4.7 |
※pH5.5.~5.7以下で歯の表面のエナメル質は溶け始めます。また、この数値が小さい程、エナメル質を溶かす力(酸蝕能)が強くなります。
ここで示すように、健康的な食生活は、歯にとってはそれほど健康的なものではないことが分かりますね。
気をつけてください!!
柑橘類の中でも、レモンは漂白作用を示すことから、誤った民間療法がインターネットに出ていることがあります。例えば、「おろしたレモンで歯を磨くと歯が白くなり美しいつやが出る」といったものです。この方法では、歯がレモンのクエン酸によって溶け、脱灰するので確かに白くはなりますが、続けて行っていると歯はさらに溶け出し、中の黄色い象牙質が露出してきてしまいます。歯が白くなっても、溶けてしまっては大変です。
ところで、歯科で行っている歯を白くする『ホワイトニング』は、「過酸化尿素」「過酸化水素」を使用した『歯の脱色』ですので、歯を溶かしているのではありません。ご安心ください。
次に、柑橘類による酸蝕の症例を紹介します。
これは、柑橘類を長期間、大量に食べていた結果、前歯が崩壊してしまった症例です。
これは大量の柑橘類と梅干しを奥歯で食べることを長期間、頻回に続けていた結果です。
「柑橘類による酸蝕」と「噛むことによる磨耗(擦り減り)」との相乗効果によって、より多く歯が溶けてしまっています。
皆さんの中で、梅干を種ごとガリガリと噛むことが癖になっている方はいらっしゃいませんか?
この場合も同様に、酸蝕と磨耗が起こるのでご注意ください。
いかがですか?このように歯が溶けてしまうなんて少し怖いですね。この症例は柑橘類を多量に、頻回に食べていた場合ですので、柑橘類を1個食べたからといって、ここまで溶けてしまうことはないので安心してくださいね。ただ、
クエン酸を多く含む柑橘類を食べた直後は歯磨きをしないでください!!
酸によって歯の表面のエナメル質は軟らかくなっていますので、この状態で歯ブラシでこすってしまうと、歯は簡単に擦り減ってしまうからです。これは、柑橘類以外の酸性の飲食物の場合も同じです。食べた直後は、水でうがいをして、口の中の酸を洗い流すだけにしましょう。
では、どの位の時間を空ければ、歯磨きしても良いのでしょうか。
研究報告によると、最低1時間は空ける必要があるそうです。
柑橘類などの酸性の強いものを摂るとき、今回のお話を思い出していただければ幸いです。
次回は、食酢と飲泉による酸蝕についてご紹介いたします。
参考文献 デンタルハイジーンvol.26 No.8
歯科衛生士 正田千尋
2008年1月号
本年も当コラムをお読みいただきありがとうございます。今年も皆様のお役に立つ情報を発信していきたいと思っております。
さて、今回は、昨秋行われました私の所属する研究会のUCLAインプラント研修ツアーのご報告をさせていただきます。
10月31日から11月4日の4泊5日の慌ただしい旅行でした。現地時間10月31日の昼前にロサンゼルスに到着。午後には、翌日からの講師の先生方や同行の先生方との顔合わせの会合を持ちました。
2日目は、UCLA歯学部で一日中講義を受けました。その講義は、現地歯科医院に勤務している日本人の女医さんの逐次通訳付きで行われました。内容は、
などでした。特に目新しい内容ではありませんでしたが、今まで習得してきた知識を整理する良い機会となりました。
3日目は、インプラント外科部門のMoy教授のオフィスでの手術見学でした。米国では大学教授は学外にも自分のクリニックを持つことが可能です。1日で計4件の手術を見せていただき、Moy教授のタフさには驚かされました。施設は広く清潔で、見学者は、手術室に隣接するガラス張りの部屋から手術の様子を見ることができるようになっています。Moy教授は、ヘッドセットをつけておられ、こちらの部屋からの質問に答えながら手術をされます。見学した症例を次に述べます。
ごく最近開発されたINFUSEというBMP(骨形成タンパク質)を単独で使用されていました。自家骨を使用するには、もう1ケ所手術創を作ることになりますが、この方法では、その必要はありません。
先生の手術は、確実かつスピーディーです。先生は、普段はもっと高度なテクニックを要する手術をされていますが、今回見せていただいた手術は、我々のレベルにあった症例で、自院で手術を行う時の参考になります。
当院では、平成9年にインプラント治療を始め、11年が経過しました。私の年齢から考えるとちょうど道半ばといえます。当初より、スウェーデンAstra社製のシンプルで骨吸収の少ないインプラントシステムを使用しておりますが、当システムだけでは対応できない症例も出てまいりました。そこで、今回の研修会を機に、昨年末、インプラントの元祖Nobel Biocare社のシステムを導入しました。それにより、今後、CTの情報をもとにCADによる埋入手術を計画し、より正確で安全な手術を行えるようになりました。また、患者さんには、
1.痛くない 2.早い 3.時間・コストの削減 4.審美性が高い
などのメリットも生まれます。
このように、2008年は新しいインプラントの世界を展開していく予定ですのでどうぞご期待下さい。
<院長>
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