2010年3月号
事故時 3本の下顎前歯と歯槽骨を失ったため、歯槽堤は急速に萎縮してしまい、事故から1年経過し前号の図2ように前後的な幅も極端に小さく、また低くなってしまった。このまま最終的なブリッジを入れてしまうと昨年12月号で示したように清掃性も審美性も悪くなる。そこで歯槽堤増大術を受けることになった。この手術は、骨の少ない部位へ敢えてインプラントを植える時や今回のような審美歯科で、最近は盛んに行われている手術である。
手術は簡単にいうと、粘膜を切開し、その下にある骨から粘膜を剥離(はくり)し、そこにできたスペースに材料を押し込んでカサを上げる術式である。

今回の手術部位は、ブリッジのポンティックの底面が接する粘膜部分で、咬合力がかからない部分であるので、強度は必要ない。たとえば、豊胸術のようにカサをあげればいいだけであるが、歯科では材料にはシリコーンを使うことはなく、骨の代わりになる骨補填材(こつほてんざい)が使われている。
それには大別すると生物由来の物と人工物がある。前者の一番一般的なものは自家骨であり、これがゴールドスタンダードであると言われているが、別の部位にもメスを入れて採取しなければならず傷が二つできるので患者さんには抵抗があるだろう。その他遺体から採取した骨を処理した脱灰凍結乾燥骨というのもあり、米国では一般に使われているが、誰の骨かわからないものを口の中に入れることには、われわれ日本人は抵抗感が強く、また認可もされていない。また牛の骨を処理して製造されたものもあるが、未知の感染症の可能性を完全には否定できない。一方、人工的に作られたものは数多くある。よく使われるのは、HA(ハイドロキシアパタイト)とβ-TCP(ベータティーシーピー)であり、抗原性や感染性はない。後者は吸収性のため体内で徐々に溶けて、新しい骨に置換されていく。今回の手術ではHAとβ-TCPの両成分が含まれた複合セラミックスが使用された。
さて手術である。これまでの私の手術の経験は、学生の臨床実習で友人に親知らずを抜いてもらったのと、今回の事故で下顎前歯の抜歯と歯肉の縫合くらいであったが、今回も特に緊張感はなかった。なぜなら、それほど難しい手術でもなく、たとえ万一うまく行かなくとも骨補填材を取り出してしまえばよいだけであったからである。
手術当日は、M先生を紹介してくれたN先生にアシストを頼んだ。どんな手術もそうであるが、手術もできる人にアシストを頼むと非常に手術がしやすくなる。手術は、歯槽堤の舌側の粘膜を少し切開、剥離し袋状になった粘膜(正確には骨膜に裏打ちされた粘膜)と骨との間に骨補填材の顆粒を填塞し、極細の糸で切開部を縫合して終わった。時間にして30分くらいで、局所麻酔がよく効いていたので全く痛みはなかった。
術後は仮着をはずしてあったブリッジのポンティックの粘膜面を、カサが上がった分だけ削除して、再度仮着すればおしまいである。入れた顆粒は半年もすれば元々の骨と結合一体化し、体の一部となる。それまでの間、余分な顆粒は時々粘膜を破ってぽろぽろと排出されることがある。粘膜に白い点が見え一瞬膿んできたかなと思うが、顆粒がぽろりと出てしまうとまた粘膜は元通りになって治ってしまう。
人工物が体内に入ったという感覚は全くなく、少しの侵襲で審美的にも機能的にも大きな効果が現れるので、必要となった場合は、皆様にもこの歯槽堤増大術を受けていただけたらと思います。
<院長>
2010年2月号
図1
昨年12月号コラムにあるように、下顎の前歯部の3歯の欠損についてノーベルガイドを用いて、インプラントが可能かどうかあらためて検討してみた。欠損である右下2から左下1までの距離は13mmである。インプラント体と歯、インプラント体通しは図1のように各々最低2mm,と3mmの距離をあける必要がある。その理由は、それらの間の骨の血流を妨げないためやインプラント体が歯の神経を侵さないようにするためである。普通の歯の根には歯根膜が存在し、それが周囲の骨を養っているが、チタン製のインプラントにはそのような働きがないので、周囲の骨は骨の中の血流のみで養われる。
アストラテック社のインプラントで一番直径の細いものは3.5mmで、ノーベルバイオケア社では少し特殊ではあるが3.0mmというのがある。後者なら2本が辛うじて13mmにはおさまるが、このタイプはフィクスチャーとアバットメントがワンピースの一体型なので、上部構造(かぶせ)の角度を変えるのが難しい。
私は元々上下顎の前歯が前突し前へ倒れたような歯列であったので、立ち上がりの部分は狭くとも切端は広くなっていた。そのため2本の立ち上がりから歯を作ると、かなり大きな歯になってしまい審美的には問題がある。また無理やり3本にすると立ち上がりの部分の清掃性が悪くなりこれも宜しくない。
図2
また欠損部の歯槽骨は12月号コラムと図2の点線にあるように前後の幅も狭く、高さも極端に低いので、食物が停滞しやすく、さらにそれを舌先で取り除くことができない状態になるだろう。この状態を解消するには何らかの方法で骨の量を増やす歯槽堤増大術もあるが、うまく骨ができない場合もあるので、そこまですることもないかという気にもなる。
自院でこのような症例に遭遇したときに、患者さんへの手術の侵襲の度合、苦痛、成功率、治療期間、費用などを勘案したうえで、あえてインプラントを勧めるであろうかと考えると、答えはNoであろう。自分の体を使って少しチャレンジングするのも面白いが、もし結果が思わしくなかった場合にそれを長く引きずるのも気が重い。
かなり否定的な条件ばかりになり、残念ではあるが結論としてインプラントは断念して、上顎前歯部と同じくオールセラミッククラウンを希望した。
ところで今回の事故により左右の下の3の切端が欠けているので、簡便な方法で一時的にレジンを盛って上の犬歯と噛めるようにしてもらっていたが、直ぐにはずれてしまうのでやはりかぶせなければ咀嚼に耐えることはできないだろうと思っていた。どのみちかぶせてしまうなら総合的に考えてインプラントよりブリッジがベターだと自分を納得させた。
<院長>
2010年1月号
新年あけましておめでとうございます。本年も当コラムをお読みいただきありがとうございます。
事故後半年以上が経過し、歯根破折のある左上1番も特に問題が出ていないのでそのままかぶせを作製してもらうことにした。もちろん完成後は経過を観察するため仮着を長い目に続ける予定である。
ところで現在白いかぶせには、使用する材料によりおおむね以下のような方法がある。
それらは1)硬質レジン前装冠、2)ハイブリッドセラミッククラウン、3)メタルセラミッククラウン(いわゆるメタルボンド)、4)オールセラミッククラウンの4つである。
見た目の自然さ、強度、汚れにくさは、後者ほど優れており、1)と2)そして3)と4)の差は大きいと考えられる。
前3者はいずれも金属の上に、各々硬質のプラスティック、プラスティックにセラミックスを混ぜたもの、およびセラミックスを接着したり、焼き付けたりして製作する。
4)のオールセラミッククラウンは今一番注目されている先端の治療法で、製作方法も全く異なっている。それは、芯を金属で作るのではなく、スキャナーで歯型を読み取り、CAD/CAMの技術を用いコンピューター上で芯になるジルコニア(人工ダイヤモンドと同じ材料)をデザインし、そのまま機械がジルコニアのブロックを削り出して作る。そして、そのジルコニアの上にセラミックスを焼き付けて歯の形にするのである。光を透過しない金属を使わず全てセラミックスを使用するので、光の透過性に優れているため明るい色調が出せ、歯肉も暗くならないという特徴がある。歯科医が見ても自然の歯と見分けがつかない場合もあるくらいである。
歯科医である私の場合、前歯は仕事上、看板になるので迷わずオールセラミッククラウンを選択した。
のちに、クラウンが完成してその見た目に満足したのはもちろんであるが、下顎前歯に入っているレジンのブリッジと比較するといつもつるつるしていて、その汚れにくさを実感した。診療中患者さんには、セラミックスとレジンの違いを説明しているものの、実体験してみるとさらによく分かった。
上記の4つの治療方法のうち、現在の健康保険で認められているのは残念ながら1)の硬質レジン前装冠のみであり、それも前歯に限定されているというのが現状である。
1)硬質レジン前装冠

3)メタルセラミッククラウン

4)オールセラミッククラウン


さて、どれが作った歯でしょうか?
<院長>
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